2015年02月

工業デザインに携わったことがある方ならこの方の名前を知らない人はいないだろう。
GKデザイングループ代表
榮久庵 憲司 氏

偉大なデザイナーである榮久庵氏が2015年2月8日永眠につかれました。

あまりにも我々の生活に影響を与えてくださった方の一人である氏のデザインを振り返る為にここに記します。

この方の名前を聞いたことがなくとも、
パッケージと使用を兼ねたキッコーマンの食卓醤油差し、ヤマハのオートバイ、大阪万博の電話ボックスやモノレール、
秋田新幹線「こまち」車体デザインなど榮久庵氏が手がけたデザインを見たことや知っている方は多いだろう。

85歳で亡くなった栄久庵氏は、20世紀の工業デザインを象徴する作品の数々に携わってきた方です。
日本のデザイン界を牽引し、世界のデザインに影響を与えたと言っても全く過言ではなく、
GKデザイングループはデザイン事務所として世界中に事務所を構えている数少ないデザイン事務所の一つです。

氏は戦時中を広島にて過ごし、原爆投下により焼け野原になった町から、
人の生活にモノを取り戻すために何かする必要があると思い、デザイナーを志されたそうです。
その後、東京芸大をご卒業後学生のグループワークの延長からGKインダストリアル・デザイン研究所の立ち上げ、
JETRO派遣デザイン研究生としての米国アートセンタースクール留学を経て数々の作品を世に残してくださいました。

私自身もかつて、榮久庵氏の書かれた本を読んで少なからず影響を受けた一人でした。
『幕の内弁当の美学』:異質なものを貪欲にとりこんで、それぞれの特性をすべて活かす
幕の内弁当に秘められた美学が、日用品、自動車、住宅などで、世界に誇る日本的デザインを生んでいることを検証した著である。

私自身氏から学んだことの一つに、デザインは当たり前を作るということでした。
派手なものをつくったり、きらびやかなものをつくったりすることが多くイメージされがちな「デザイン」という言葉ですが、
もちろん「伝える」という役割の一端としては重要な要素かもしれませんが、
我々日本人にとって、世界に誇る日本的デザインをごく当たり前に触れていたことである。

幕の内弁当のように、あの箱の中にどれだけの人が意味を持っていると考えたことがあるだろうか?
これからも幕の内弁当を食べる機会があるでしょう。
ちょっとそんなことを意識してみたら違った楽しみ方を見つけることが出来るかもしれません。

2020年東京オリンピック招致ロゴも榮久庵氏の作品です。
制作意図とは別に
「大きく目立てばいいわけではなく、どんなサイズになろうと見苦しくなくする倫理観が求められた点が最も苦労した点だった」と仰ってます
氏の作品が東京中を埋め尽す2020年。日本人の持つ倫理観を残し展開されたロゴが世界へ再び発信される日がまた楽みです。


プランナー In

今日は最近よく社内メンバーに聞かれることが多い質問への応えてみたいと思います。

その質問とは・・・
プランナーとして、私がどのような意識でクライアントとの接点を持ち仕事をしているのか。

なんとも難しい質問。
あえて文字で書き起こすのであれば、「プロモーション」を作っているという感覚ではなく
クライアントとともに、その先のお客様へ伝えるための「コンテンツやサービス」を作るといった発想で接点をとっています。

そうなると私の仕事は「伝える」から「伝わる」ためのコミュニケーションの確立になる。
 
商品の良さを発信してもお客様にはなかなか届かない、、、。
だからお客様のニーズやインサイトを捉えて「コンテンツやサービス」を通じてお客様とのギャップを埋めながら関係を築いていく仕事なんです。

一見、一時期的なBUZZを生むための施策を企画・展開しているように見えるときにも、一過性のフロー型のコミュニケーションではなく、お客様とのコニュニティプラットフォームの一部として機能させるための施策・企画だったりします。

もう言い古されてる感もありますが、情報のスピードは年々早くなっています。
次から次へと鮮度の高い情報が流れてきます。
また、その情報の鮮度が落ちるのも早く情報の新陳代謝は一人の人間が生活の中で追い切ることはできないほどです。

だからこそ、いま継続的にコニュニケーションするために「コンテンツやサービス」を作るといった発想でクライアントと接点の取れる企画プランニングを進めています。


クライアントの一部になれたとき、私はプランナーの仕事をしています。


プランナー Iw

いきなり根源的なことを話題にしてみますが

ここを見られる方は何らかのかたちで
ものづくりに携わっている方が多いと思いますので
デザインとは何か?と自分で考えたり、
人から問われたりしたことがある方も少なくないと思います。
特にアートとの違いを考えたりすることもあるかと思います。

様々な方が色々な回答をされていたり、
皆様各々がご自分で答えを出されている場合もあると思います。

商業的であるとか、制限があるとか色々な考えや捉え方があるとは思いますが、
私の現時点での考えは、アートは独り言でも成立するもので、
デザインは意思の疎通、やり取りがあって成立するコミュニケーションの一部、
意図した情報を効率よく伝える通訳みたいなものだと捉えています。

なので、それが伝わらなかったり誤解されるということは、
その通訳、つまりデザインはうまく言っていないのだと思います。
通訳と同じように時代、文化にあわせた表現が伴っていなかったのかもしれません。

それが言葉であってもそうじゃなくてもぴたりとあてはまる表現が
多くの人の心に深く刺さったりするのだと思います。

かなり簡潔にまとめてみましたがいかがでしょうか?
他の方の意見も聞いてみたいものです。


ディレクター S

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