出会いと分かれの季節の4月自体がもうすぐ終わってしまいますが
新しい環境では分からない事も多く質問する機会も増えると思います。
後輩ができた方なら質問される機会も多くなり、
自分自身もアウトプットする事で知識や技術も定着できると
前向きに捉える方も多いと思います。


でもそれは諸手を上げて喜べる事でしょうか?
まず質問の仕方が適切か否かを考慮すべき場合もあるのではないでしょうか。
少しでも経験したことに対しても、
「どうしましょう?」とその経験を踏まえず
直接的な回答を求める質問をされていませんか?していませんか?
以前教示したことの類似の内容について「どうしましょう?」と質問されたとき
その経験をスルーして「これはこう」と直接的な回答をしていませんか?
その質問は考える事を放棄した質問になっていませんか?
その回答は考える事を求めない回答になっていませんか?


あくまでも私見ですが、質問は良くも悪くも最も容易な解決法の1つだと思っています。
質問をして明確な回答を得る事はその問題のみの解決には効率的な解決方法ですが
場合によっては考えて解決策を自ら得る機会を失ってしまうことも多々あります。
特にものづくりをしているとままある自分ならではのノウハウや
回り道をして得る知識や技術を得る機会を失う可能性もあります。
それは一時流行った「アハ体験」的なもので、本来の喜びや成長の機会です。
もちろん仕事でやっているので諸々制限があるので質問→解決が最善の選択である場合が
多々ある事は理解しているのが大前提としてありますが。


安易な質問に安易に直接的な回答を明示するだけでは、
思考する機会とそれ以外の知識を取り込む機会を1つ奪っている気がします。
時代は変化するというのは誰にでも分かっているのに、
先人である自分の「経験を伴わない劣化コピー」をつくる事で、
また、先人の「経験を伴わない劣化コピー」になる事で先に繋がるのでしょうか?

やたら「?」が多くなってしまいましたが
その質問、その回答、少しだけ考えてから口に出してみてはいかがでしょう。



ディレクター S